[瓦版に戻る]
千躰荒神
検索結果:3
[7801] 地域の昔話31【火事(三)千躰荒神】取材日:2008/12/18(木)

       品川第二地域ニュース NO.81より

 海雲寺境内の荒神堂に千躰荒神がと祀られている。この千躰荒神は昔芝二本榎の佐賀藩下屋敷に祀られていたが、藩主鍋島家が戦勝祈願成就を感謝し、ゆかりの海雲寺境内に祀ったという。
 江戸時代、南品川宿は「薩摩火事」(前号掲載)など大火に幾度となく見舞われたが、火災はいつもこの付近で止まったため、災難除けの神として人々に「品川の荒神さん」と親しまれていた。近年でも、関東大震災や空襲でも南品川が焼けなかったのは「荒神さん」のお陰だといわれている。

 荒神様は 竃 の神様としても信仰されていた。毎年三月と十一月の二十七日・二十八日にある祭礼では、今は見かけなくなったが、かっては台所にあるお宮を風呂敷に包み首に結び付けて、お参りする姿があった。お参りをして、お宮を護摩の炎で清めてもらい同じ格好で帰るのだが、帰り道は寄り道したり包みを下に置いたりしてはいけないというしきたりがあった。品川宿には貸し座敷が多く、参詣のの男たちは帰りに寄って一晩中遊んで帰って来なかったので、すぐに帰って来させるための便法だったのではとも言われていた。そのため品川宿では、荒神祭りの日は客が素通りして商売にならなかったため「貧乏荒神」とも称されていた。
 今年は三の酉まであった。三の酉まである年は火事が多いという。この言い習わしには確たる根拠はないようだが、日頃から注意を怠らないようにしたいものだ。
                       (天 鷲)


[7020] 東海道品川宿 道標(どうひょう)マップ取材日:2007/12/28(金)

東海道品川宿に東京都・品川区の助成をいただきながら修景事業の一環として、道標が整備されています。

東海道 八ッ山口〜鈴ヶ森口 25番まで
A 一番  東海道八ッ山口(とうかいどうやつやまぐち)
B 二番  東海道品川宿入口(とうかいどうしながわしゅくいりぐち)
C 三番  歩行新宿 土蔵相模跡(かちしんしゅく どぞうさがみあと)
D 四番   新宿お休み処(しんしゅくおやすみどころ)
E 五番  虚空蔵横丁 本宿(こくぞうよこちょう ほんしゅく)
F 六番  虚空蔵横丁 北馬場(こくぞうよこちょう きたばんば)
G 七番  新馬場駅北口(しんばんばきたぐち)
H 八番  品川宿本陣跡(しながわしゅくほんじんあと)
I 九番  新馬場駅南口(しんばんばえきみなみぐち)
J 十番  南馬場(みなみばんば)
K 十一番 天妙國寺門前(てんみょうこくじもんぜん)
L 十二番 ジュネーヴ平和通り
M 十三番 青物横丁(あおものよこちょう)
N 十四番 千躰荒神 南(せんたいこうじん みなみ)
O 十五番 鮫洲(さめず)
P 十六番 鮫洲駅(さめずえき)
Q 十七番 八幡神社(はちまんじんじゃ)
R 十八番 花海道入口(はなかいどういりぐち)
S 十九番 北浜川(きたはまかわ)
T 二十番 花海道入口(はなかいどういりぐち)
U 二一番 立会川駅(たちあいがわえき)
V 二二番 仲町稲荷神社(なかちょういなりじんじゃ)
W ニ三番 競馬場通り(けいばじょうどおり)
X ニ四番 しながわ区民公園中央口(しながわくみんこうえんちゅうおうぐち)
Y ニ五番 大経寺 東海道鈴ヶ森口(だいきょうじ とうかいどうすずがもりぐち)
Z 番外 品川宿 日本橋より二里 川崎宿へ二里半(しながわしゅく にほんばしよりにり かわさきしゅくへにりはん)

 
まち歩きの際には是非ご覧下さい。 



[4426] 千躰荒神大祭 (せんたいこうじんたいさい)取材日:2005/11/24(木)

◆11月のしながわの歳時記

海雲寺の千躰荒神は、江戸の頃から「品川の荒神様」として親しまれ、竈の神様として有名。大祭の日には各家庭の台所に祀っているお宮を風呂敷に包み参詣し、護摩堂にて護摩で清めてもらい持ち帰る。また、お宮を祀っていない家庭では新しいお札を授かって帰る。その際、昔から帰り道では決して寄り道をしてはいけない、と言い伝えられている。海雲寺周辺の東海道や参道には縁起物の釜おこし・荒神松・ご守護、名物の久寿餅や煎り銀杏・ゆで豆・唐辛子・南天の箸・乾物・暦・竹細工・植木等々珍しい露店も数多く立ち並び、関東一円からの参拝客でごった返す。

大祭は3月の27・28日と11月27・28日の春と秋に、曜日には関係なく行われる。

写真:参拝客の混雑の様子



検索結果:3